【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

第28回 香港と深圳の旅

母国


 2009年のISDH(国際ディスプレイホログラフィーシンポジウム)は中国の深圳(シンセン)で開かれた。T. J(Tung Jeong)がレイクフォーレスカレッジを退職後,新規一転したISDHは前回(2006年)のノースウェールズに続いて初めてのアジアでの開催である。中国での開催はT. Jにとって特別なものであったに違いない。それは彼の幼少期を知れば想像に難くない。私は長いこと彼はネイティブアメリカンと思っていた。が,ある時,彼は中国に生まれ戦火と政治的混乱を逃れ孤児となって17歳のころアメリカにわたったことを知った。英語を学びフルスカラーシップを得てイエール大学を卒業,その後,レイクフォーレストカレッジの教授となるのである。想像を超えた波乱の前半生にびっくりしたのを覚えている。深圳での開催で彼は再びチェアマンとして手腕を振るった。その証の1つが筆者あてのレターである(図1)。このシンポジウムが他のアカデミックなものと異なる特徴は以前(OplusE 2021年7・8月号, P. 446)にも述べた通り,アーティストがリスペクトされ優遇されていることであった。前回のイギリスではそれまでのような優遇処置は一切なくなってしまった。レイクフォーレスカレッジから離れて主催が持ち回りとなり,やむなきことかと残念に思っていた。ところがT. Jのレターから,深圳では再びシンポジウム開始時の理念が実行に移されたことを知る。招待状には「$700を授与する。それは参加費,プロシーディング代,食費宿泊費のすべてに充当され,渡航費以外はすべて免除する」という内容であった。別のメールには,基金集めに苦労していること,アーティストの選考は数人で構成された選考委員会によって行われたことも書かれていた。大学を離れてもなおエネルギッシュに活動を続ける姿に頭が下がり,このグラントをありがたく受け取った。長い間訪問の機会が巡ってくることを待ち望んでいた中国本土の旅は楽しみであった。

初めての中国


 中国本土とは言え深圳は香港に隣接し,経済特区に指定されている地であった。いまや中国の4大都市(北上広深:北京市,上海市,広州市,深圳市)の1つに挙げられ,中国のシリコンバレーといわれ成長著しい都市であるが,2009年当時はその急激な成長期の先駆けの時期だったようだ。現在は東京からも深圳への直行便が飛んでいるようだが,当時は西側からの訪問者は多くが香港国際空港からバスかフェリーで深圳に入るという航路だった。筆者にとって香港も初めての訪問地であったから,うれしいおまけがついてきたような心持ちであった。
 筆者はこのシンポジウムの1週間前,台湾の国立師範大学で前期のホログラフィー講座を終えたばかりであった。台湾からも共同で授業を担当していた先生やオプティクス関係の先生や学生たちの6~7人がこの会議に参加するという。初めての中国で少々心細かったので彼らと香港の空港で待ち合わせて,一緒にバスで深圳の目的地に移動することにした。ハイウェイの途中,香港から中国本土に入る境界線に入国検査所があった(図2)。いよいよ中国! バスの窓からの風景は特に変化もなくしばらく田園風景が続きそれから街中へと移っていった。いわゆる近代的な高層ビルは見当たらず中低層の歴史的な建物が並び,人々の生活の営みが垣間見える界隈を通過していった。雑然と看板が並ぶ様子はアジアの風景の1コマといった様子だが,台湾や香港と明らかに違うことに気づいた。看板の文字がいわゆる簡体字に変わっていた。文字の判読ができない! バスの中から,われわれは看板を見ては「あの文字はなんだ?」,「これではないのか?」,「わかんないね~」と,まるでパズル解きに興じる子どものようにワイワイと盛り上がった。台湾も日本も繁体字なので,簡略化しすぎた中国文字は判読不能なのである。
 シンポジウム会場のある場所は敷地全体がテーマパークといった風情のエリアで,池や手入れの行き届いた豊かな自然(図3)の中に,野外ステージ,会議場,宿泊施設などが点在し,周辺の町とは隔絶された閉じられた空間であった。到着日の夕方,燃えるような夕焼けが出迎えてくれた(図4)。シンポジウムが催された会場の建物の外壁には工芸的な装飾が施されていた(図5)。
 初めて欧米以外の地での開催であったが常連の参加者をはじめ,中国から多くの参加者があった。筆者はInstallation with sunlight and holography-As an environmental art-と題して,グレーティングホログラムを使った「太陽の贈り物シリーズ」を中心に発表を行った。どんなに明るい日差しの下でもグレーティング表面には太陽光を分解して鮮やかな虹色が現れる。銀世界の晴れた日でさえ,効果は抜群である(図6)。野外環境の中で虹と戯れるインスタレーションの作品群を紹介した。成田山新勝寺より歴史の古い千葉県の芝山仁王尊観音教寺での野外アート展では,カワセミが飛んでくるような寺の奥庭の池にホログラムを浮かべた(図7)。水面にも鮮やかな極彩色が映える。古代ローマ遺跡Villa del Quintiliでのインスタレーション(図8)なども紹介した。(「太陽の贈り物シリーズ」の詳細はOplusE 2019年11・12月号から2020年3・4月号に連続掲載) <次ページへ続く>

本誌掲載号バックナンバー

OplusE 2022年7・8月号(第486号)

特 集
見えないものを見る
販売価格
2,750円(税込)
定期購読
15,000円(1年間・税込・送料込)
いますぐ購入

ホログラフィーアートは世界をめぐる 新着もっと見る

本誌にて好評連載中

一枚の写真もっと見る