【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

研究室探訪vol.7 [東京工芸大学 工学部 光学設計研究室]豊田 光紀 准教授

あの研究室はどんな研究をしているのだろう? そんな疑問に答える“研究室探訪”。
今回は,東京工芸大学 工学部 光学設計研究室を訪問しました。

見えない光でナノを視る ―現代社会を支える光学技術―

 17 世紀にHookeにより発明された光学顕微鏡は,医学や工学の分野で,目に見えない小さいものを可視化する重要なツールとして発展を続けている。光学設計研究室では,可視・紫外線よりも波長が短く目に見えない光「極紫外線(EUV)」や「軟X線」を使った新しい顕微鏡を,光学設計理論と実装技術の両面から研究している。具体的には,これらの光を自在に結像する光学素子「多層膜ミラー」による顕微鏡システムの開発や,次世代リソグラフィマスクやポリマー材料のナノイメージング,さらには自由電子レーザーや高次高調波のナノ集光への展開を進めている。
豊田 光紀 准教授
1999年 東北大学大学院博士前期課程修了 1999年 (株)ニコン入社 2003年 東北大学多元物質科学研究所 2007年 東北大学 助教 2018年 東京工芸大学准教授
極紫外・軟X線顕微鏡の高分解能化や実用化の研究に従事。

[研究テーマ1] 極紫外(EUV)・軟X線用の多層膜ミラー光学系の開発

 波長2 nmから20 nm程度の極紫外線(extreme ultraviolet:EUV) や軟X線は可視光より短波長であり,結像に用いれば原理的に10 nmオーダーの空間分解能が得られる。また,ケイ素,炭素や窒素など,軽元素の内殻吸収端による元素コントラストを利用でき,特に,波長2.2~4.4 nmの水の窓では厚さ数μmの生体試料を染色・脱水処理せずに観察できる。このため,EUV・軟X線顕微鏡は生体,ポリマー材料や磁性材料等のナノスケール構造の動的変化をビデオ観察できる,新しいナノイメージング顕微鏡として注目されている。
 光学設計研究室では,これらの短波長光を多層膜ミラーにより自在に操り,回折限界イメージングを実現する結像・集光光学系を開発している。また,その応用として実験室規模のEUV・軟X線顕微鏡の構築と,次世代リソグラフィマスクやポリマー材料のナノイメージングへの展開にも挑戦している。


図1 PS/PMMAブレンド(50:50)のEUV像



図2 ラボスケールEUV顕微鏡


[研究テーマ2] 30 nm解像を実現する顕微対物ミラーの開発

 高いスループットと10 nmオーダーの高い空間分解能を両立するには,できるだけ少ないミラー数で,波面収差(像のボケ)を極小化した結像光学系を構成する必要がある。われわれは,回折限界分解能の鍵となる0.1 nm精度の波面制御に,光学設計理論と実装技術の両面から取り組んでいる。
 光学設計に加えミラー偏心など複数の要因により生じる波面収差を解析的に求め,低収差実用解を大域的に探索する「全幅探索設計法」を独自に開発した。さらに,これによりEUV顕微鏡用の高倍率対物鏡を新たに考案した。光学系は3面のMo/Si多層膜ミラーからなる簡便な構成ながら,大きな開口数と広い視野を実現し,100 μmを超える視野を空間分解能30 nmでマルチスケール観察することができる。
 対物ミラーの開発では,波面収差の精密計測も重要となる。高倍率対物ミラーで生じる波面収差を0.1 nmの絶対精度で制御,計測するデフォーマブル多層膜ミラーや点回折干渉計も合わせて開発している。


図3 EUVリソマスク観察用顕微鏡


[研究テーマ3] EUV顕微鏡の次世代リソグラフィマスクやポリマー材料への応用

 EUVナノイメージングの有望な応用として,次世代リソグラフィマスクやポリマー材料への展開を進めている。次世代リソグラフィマスクの観察用の顕微鏡システムを放射光施設(New SUBARU:兵庫県立大,EIDECとの共同研究)に構築し,線幅30 nmのテストパターン(8 nm世代)の観察に世界に先駆けて成功した。さらに,EUV顕微鏡が拓く新領域として,軽元素で顕著な元素コントラストを活用した,ポリマー試料の合成・破壊過程の実時間・ナノイメージングを想定している。その一歩として,2016年から,レーザープラズマ光源による実験室EUV顕微鏡の開発と,ポリマー試料の無染色観察に挑戦している。図1にポリスチレン(PS)/アクリル(PMMA)ポリマーブレンドの無染色・透過EUV像の例を示す。レーザープラズマ光源の1ショット(10 ns)露光で,スピノーダル分解で生じる網目状や,海島状の微細構造が,炭素- 酸素間の元素コントラストにより,無染色で明瞭に観察できることを,波長13 nm領域で初めて実証した。今後は,3次元イメージングや合成・破壊過程のビデオ観察への展開が望まれる。


図4 EUVリソマスクの高分解能観察



図5 デフォーマブルミラーによる0.1 nm精度波面制御


光学設計研究室より

 レンズは古代ギリシャの時代から使われ,ガリレオやケプラーによって望遠鏡に用いられ,天文学,物理学の発展の元になった。写真機やビデオカメラだけでなく,CDプレーヤーの信号を読み取るピックアップレンズ,コピー機,さらには天気予報のためのひまわりなどの衛星にも使われているように,レンズ技術は非常に古いものでありながら現代技術になくてはならないものである。光学設計研究室では,これらの光学理論を基盤として,未踏の短波長領域であるEUVや軟X線域を拓くことを目指している。ナノスケールの波長をもつ光波の制御には,光学設計理論に加え,先端の電子・機械技術を駆使した実装技術の開発も重要となる。15年に渡るこれらの研究を経て生まれたEUV顕微鏡を大切に育てていきたいと考えている。

豊田 光紀 准教授

東京工芸大学 工学部 光学設計研究室
住所:〒243-0297 神奈川県厚木市飯山1583
TEL:046-242-9511 FAX:046-242-3000
E-mail:m.toyoda@mega.t-kougei.ac.jp
URL:https://www.t-kougei.ac.jp

本誌掲載号バックナンバー

OplusE 2019年1・2月号(第465号)

特 集
もっと光学を!さらなる夢を!
販売価格
1,500円(税別)
定期購読
8,500円(1年間・税別・送料込)
いますぐ購入

研究室探訪 新着もっと見る

本誌にて好評連載中

一枚の写真もっと見る