ついに室温動作したナノフォトニック論理ゲートデバイス東京大学 大津元一
- 説明文
- 写真
ナノフォトニクスの原理にもとづく論理ゲートデバイスは日本で提案され,その低温動作が確認されていたが,このたび室温動作が実現し,実用化にむけて大きな一歩が踏み出された。図1(a)はデバイス構造の断面で,メサ構造(底辺の寸法は一辺200nm)の半導体の中に特定の寸法比をもつ微小な半導体微粒子(量子ドット:QD)が二つ含まれている。図1(b)の写真はデバイス断面の電子顕微鏡像である。メサ構造の上辺には,出力信号光取り出し用の金ナノ微粒子が作りつけられている。このデバイスに信号光を加えると,近接場光(ドレスト光子)を介したQD間の局所的相互作用により論理ゲート動作する。図1(c)は半導体基板上に二次元的に高密度配列した多数のデバイスからの出力信号光スポット像の写真である。この配列中のいくつかのデバイスはNOTゲートであり,“入力2”の信号光があると出力信号光はない。したがってこの写真中では,そのデバイスからの光スポットは暗い。その他のデバイスはANDゲート(光スイッチ)であり,“入力1”と“入力2”の信号光により出力信号光が発生するので光スポットは明るい。
QDの応用例として,センサー,太陽電池,レーザーなどが知られているが,それらは多数のQDを集団として使う技術であり,個々のQDの特性とそれらの相関を生かした応用は今までなかった。しかし,レーザー発明から50周年を迎える今年,上記のようにレーザーとはまったく異なる原理に基づく革新的デバイスができたことは感慨深く,光技術の新時代の到来を感じさせる。
このデバイスの構造はかくも単純なのに,なぜ今まで作られなかったのだろうか? それは近接場光の原理を研究し,それを信号の担い手として使う発想がなかったためである。例えば,レーザーに使われる光は伝搬光であり,多数のQDを使うため,基板上にできるだけ多数のQDを高密度で成長させる必要があった。それに対しこのデバイスでは近接場光を使うので,二つのQDがあれば十分である。したがって,基板の上には低密度のQDを成長させればよいが,その寸法を調節する必要がある。そこで従来技術とは大きく異なる新技術が開発された。QD作製時の温度・原料供給量・作製時間の精密制御,QD間の中間層形成条件の精密制御,作製条件と発光強度・発光エネルギーとの関係の系統的検討手法,メサ構造作製における加工歪みによる発光強度劣化を回避する加工技術などである。これらを実現するには忍耐強い作業が必要であったが,いったんできあがってしまうと,その構造が非常に単純・小型,かつ消費電力が従来のLSI用電子デバイスの一万分の一と極めて低くほとんど発熱しないため,高い集積度が実現した。また作製の歩留まりも非常に高い。
従来の伝搬光を信号の担い手として使ったのでは光の回折のためデバイス寸法は小さくならず,その構造は複雑かつ消費電力は大きい。すなわち,製作のための匠の技を高めることのみに注力しても,従来の原理をそのまま信奉する限り,でき上がったものの性能と構造はトレードオフの関係になってしまう。それに対し今回の技術開発は,「革新的に異なる原理を考え出せば性能の高さと構造の単純さは両立する」という典型的な例であろう。
このデバイスのための新しい概念・原理は大学での基礎研究により生まれ,これに呼応して新しい作製技術手法が産業界で育ったため,このたび両者の産学連携によって世界で初めて実用化デバイスが生まれた。これは,全光動作IC/LSI,通信用光スイッチアレイ,モバイル機器・情報機器・車載用コンピューターおよびそれらの入出力部,高感度光検出器,高効率太陽電池,フォトンコンピューター,光FPGA,高速画像演算,超高精細超小型内視鏡用カメラ・光源などへ応用されると考えられており,その産業化の検討も始まった。なお,ナノフォトニクスの原理はデバイス応用のみでなく,微細加工,太陽電池・燃料電池などを含むエネルギー・環境技術,レアメタル代替技術,情報セキュリティー,ディスプレイなどの幅広い応用が展開されており,その実用化への取り組みも加速している。
本稿で紹介したデバイスは,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「低損失オプティカル機能部材技術開発」事業により開発された。
QDの応用例として,センサー,太陽電池,レーザーなどが知られているが,それらは多数のQDを集団として使う技術であり,個々のQDの特性とそれらの相関を生かした応用は今までなかった。しかし,レーザー発明から50周年を迎える今年,上記のようにレーザーとはまったく異なる原理に基づく革新的デバイスができたことは感慨深く,光技術の新時代の到来を感じさせる。
このデバイスの構造はかくも単純なのに,なぜ今まで作られなかったのだろうか? それは近接場光の原理を研究し,それを信号の担い手として使う発想がなかったためである。例えば,レーザーに使われる光は伝搬光であり,多数のQDを使うため,基板上にできるだけ多数のQDを高密度で成長させる必要があった。それに対しこのデバイスでは近接場光を使うので,二つのQDがあれば十分である。したがって,基板の上には低密度のQDを成長させればよいが,その寸法を調節する必要がある。そこで従来技術とは大きく異なる新技術が開発された。QD作製時の温度・原料供給量・作製時間の精密制御,QD間の中間層形成条件の精密制御,作製条件と発光強度・発光エネルギーとの関係の系統的検討手法,メサ構造作製における加工歪みによる発光強度劣化を回避する加工技術などである。これらを実現するには忍耐強い作業が必要であったが,いったんできあがってしまうと,その構造が非常に単純・小型,かつ消費電力が従来のLSI用電子デバイスの一万分の一と極めて低くほとんど発熱しないため,高い集積度が実現した。また作製の歩留まりも非常に高い。
従来の伝搬光を信号の担い手として使ったのでは光の回折のためデバイス寸法は小さくならず,その構造は複雑かつ消費電力は大きい。すなわち,製作のための匠の技を高めることのみに注力しても,従来の原理をそのまま信奉する限り,でき上がったものの性能と構造はトレードオフの関係になってしまう。それに対し今回の技術開発は,「革新的に異なる原理を考え出せば性能の高さと構造の単純さは両立する」という典型的な例であろう。
このデバイスのための新しい概念・原理は大学での基礎研究により生まれ,これに呼応して新しい作製技術手法が産業界で育ったため,このたび両者の産学連携によって世界で初めて実用化デバイスが生まれた。これは,全光動作IC/LSI,通信用光スイッチアレイ,モバイル機器・情報機器・車載用コンピューターおよびそれらの入出力部,高感度光検出器,高効率太陽電池,フォトンコンピューター,光FPGA,高速画像演算,超高精細超小型内視鏡用カメラ・光源などへ応用されると考えられており,その産業化の検討も始まった。なお,ナノフォトニクスの原理はデバイス応用のみでなく,微細加工,太陽電池・燃料電池などを含むエネルギー・環境技術,レアメタル代替技術,情報セキュリティー,ディスプレイなどの幅広い応用が展開されており,その実用化への取り組みも加速している。
本稿で紹介したデバイスは,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「低損失オプティカル機能部材技術開発」事業により開発された。
参考文献
- 川添忠,大津元一,麻生三郎,沢渡義規,細田康雄,吉沢勝美,赤羽浩一,山本直克:“メサ構造InAs量子ドットを用いたナノ光論理ゲートの室温動作”,第71回応用物理学会学術講演会,2010年9月14-17日,長崎大学,講演番号16a-NK-11(光分科会内招待講演)
- T. Kawazoe, M. Ohtsu, S. Aso, Y. Sawado, Y. Hosoda, K. Yoshizawa, K. Akahane, and N. Yamamoto: “Room-temperature nanophotonic logic gate using InAs QDs in mesa structure,” The third German-Japanese Seminar on Nanophotonics, Ilmenau, Germany, September 26-29, 2010, paper number 1 in the session: Control and logic elements