小集団的発想こそ日本のオープンイノベーション宇都宮大学 オプティクス教育研究センター コーディネータ 小野 明
1/100で起きることを調べるのが学問
聞き手:東芝では,光応用システムセンターのセンター長を勤められたとのことですが,同センターの役割は何なのでしょうか?小野:その当時,わたしの所属していた生産技術研究所が光関係の技術者を全部生産技術センターに集めたのです。レーザーや画像処理などすべての人材を集めて,生産技術研究所の中に「光応用システムセンター(OSC)」を作りました。レーザーを開発する部隊と画像処理や測定などのソフト系を開発する部隊の両方とも,生産技術研究所の中に入ったのです。そこで,この二つの部隊を合流させた部門の長を担当することになりました。最大で60~70人を抱える大所帯でした。
生産技術研究所は基本的に事業部からの金で運営していました。もし事業部から金を集められなければ,その部隊は潰されてしまいます。常時50~60人はいたと思うのですが,その人たちを食わさなければいけないので,事業部に説明して納得してもらってお金を集めるという負担は大変大きいものでした。
聞き手:光関係で当時,特筆すべき研究開発は何かあったのでしょうか?
小野:超LSI向けのマスク検査装置の開発がありましたね。東芝は半導体事業をやっていましたから,こうした開発も出てくるわけです。マスクの出来上がりは設計値を元にしてポイントスプレッドファンクションを使って予想できます。それと実際に顕微鏡で観察した画像との比較によって欠陥を見つける原理です。検出精度のニーズは,例えて言えば100m×100mの野球場の中で0.1mmの砂粒1個の形状異常を見つけるという感じですね。
マスクは紫外線露光の時に使いますから,検出には紫外線レーザーを使います。わたしはそこに利用する,板を回転させて位相を変化させる位相板の特許を出しました。これが結構な武器になりました。それまでは,レーザーのスペックルパターンを消すために磨りガラスのようなものを回転させていたのですが,これを利用するとその必要はありません。位相は0とπ/2,π,3π/2の4種類だけ用意すればいいのです。これらをランダムに配置して高速回転すればスペックルパターンが消えるという論理を展開して機械を作り上げたところ,これが見事に成功して,プロジェクトが10年ぐらい続きました。
聞き手:良い特許は技術者の誇りでもありますね。
小野:はい。ただ「技術的に良い」といくら言っても,そう簡単に現場で使ってくれるものではありません。今,大学に入って「大きく違う」と感じるのは,「できた」という基準の違いです。大学は,チャンピオンデータさえ作れれば「できた」と言って学会発表します。ところが,技術というものは,もしおかしなことが100回のうち1回でもあり,その原因が物理的に解明されていないとダメなのです。100回に1回起きる原因をちゃんと調べていくことこそが学問だと思います。それさえ分かっていれば,問題が起こった時にどう対処したらいいか分かる,次の新製品にどう手を付けるべきか分かる,顧客に説明できる。その上で使うかどうか判断する,という論理になります。そこに物理があると思っています。
先日,「ニュートリノが光より早く進む」というニュースがありましたね。あの時,研究者はとても慎重に説明していました。「自分たちはこれだけデータを整えて全部潰していったけど,まだ潰しきれなかった」というように。その上で「誰かその原因を探ってくれませんか」と聞いていましたね。ああいう気持ちでないとサイエンスはできないと思います。
小野 明(おの・あきら)
1973年,大阪大学 大学院修士課程精密工学科卒業。同年,株式会社東芝に入社。生産技術研究所に配属。1983年,米アリゾナ大学客員研究員。1988年,大阪大学において工学博士号取得。1996年,東芝 生産技術センター光応用システムセンター長。1997年,技術士(機械部門)取得。1999年,株式会社東芝を定年退職し株式会社トプコンに入社。2000年,同社取締役兼執行役員。2003年,同社取締役兼株式会社トプコンテクノハウス代表取締役社長に就任。2006年,株式会社トプコン 常勤監査役,監査役会議長。2008年,株式会社トプコン顧問。2008年,宇都宮大学 オプティクス教育研究センター コーディネータ。現在に至る。