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山場を越えたら,あとは丁寧に(株)ニコン 取締役兼常務執行役員 大木 裕史

ニコンで出会った3人の個性派の恩師

聞き手:大木常務にとって恩師はどなたになりますか。また,その恩師から受けた影響,あえて影響を受けないようにしてきたことについてお聞かせください。

大木:私の恩師は,ニコン入社後,かなり早い時点で出会った素晴らしい3人の先輩です。この先輩たちを見習うことで成長できた面が多いのです。
 1人は,東京工芸大学で教授を務めるSさんです。Sさんからは,“研究者たる者はどうあるべきか”を学びました。例えば,光学の究極のバイブルとされるボルン‐ウォルフの『光学の原理』※に対しても,Sさんは「ここの記述は間違っている」と指摘します。これほど権威のある本に書かれた内容に疑義をはさむことは普通はしないのですが,自分が疑問を持ったら「これはおかしい」と指摘し,とことん突き詰めて誤っている点を実証していくのです。こうした姿勢は研究者にとって,非常に重要な素養であることを間近で実感しました。しかしながら,それ以外のことにはすべて影響を受けないようにしました(笑)。
 一方,“技術者としていかにあるべきか”についてご指南いただいたのは,ニコンのIさんです。15年ほどの長い間私の上司であり,前述の火曜輪講会には私の前に参加されていました。技術者として非常に有能な方で,いまでもその能力は“衰え知らず”です。一瞬にして技術全体を俯瞰して「これでは駄目,こうすればいい」などとその急所を的確に指摘してしまうのです。ですから,Iさんにきちんと細部を確認せずに技術報告をすると,そこを見事に見抜かれて「それ,違うよ」と鋭い指摘と批評を受けることになるわけです。部下であった長い期間に,このような“試練”を絶えず受けていたので,報告する際には細部までの確認を怠らない習慣が身に付きました。ただし,Iさんの直観力は,いまだに超えることができません。
 もう1人は,“企業人としてどうあるべきか”を教えていただいた,現在ニコンで取締役を務めるUさんです。Uさんは実に頭の回転が速く,いかなる種類の問題を解決するにあたっても,最も合理的な結論を即座に導いて的確な判断を行うのです。これも私にとっては驚異的でした。私が入社して配属されたとき,たまたま私の隣の席がUさんでした。「大木君が来てくれたおかげで,僕もようやく課の宴会の幹事から開放される」と初めて話かけられた時の印象がいまだに残っています(笑)。

※Max Born, Emil Wolf:Principles of Optcs

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大木 裕史(おおき・ひろし)

大木 裕史(おおき・ひろし)

1954年愛知県生まれ。1977年東京工業大学理学部応用物理学科卒業。1979年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。1979年~ニコン(元・日本光学工業)入社〔光学部(当時)に配属〕。2006年「ニコン光工学寄付研究部門」特任教授就任。2008年ニコン執行役員,コアテクノロジーセンター研究開発本部長就任。2011年ニコン常務執行役員,コアテクノロジーセンター副センター長兼研究開発本部長就任。2012年ニコン取締役兼常務執行役員,コアテクノロジーセンター長,カスタムプロダクツ事業部管掌就任。
●2005年渋谷眞人,大木裕史箸『回折と結像の光学』朝倉書店刊(2005),2010年応用物理学会フェロー称号授与

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