【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

人より早く始めることでエキスパートとしてさらに上位の仕事を目指すNPO法人 三次元工学会 会員 林 洋一

機械設計者とアルゴリズム設計者のせめぎ合いを行うことで良い測定機ができる

聞き手:研究・開発プロセスにおいて,自信を喪失されたり試行錯誤して苦悩された苦いご経験がありましたら,ぜひそのエピソードをお聞かせください。

:三菱総合研究所での測定機の開発では,精度の問題に直面しました。複数の光学センサーの形状データが合わないのですが,これには光学センサー単体の問題と,複数の光学センサーの正確な位置把握の問題がありました。
 光学センサー単体の問題としては,原理式の元となる光学レイアウトが実現できないことが原因でした。カメラとプロジェクターの光軸が1点で交わり,撮像面や縞パターンは光軸に直交して,軸周りの回転がない配置を実現することは難しく,しかもこれらは経年変化もし,温度変化もします。校正ソフト(キャリブレーションソフト)の開発が進まなかったため,計算式内の光学センサーの位置関係を示す定数をパラメータ入力するようにしました。理想としては,光学をよく知った人間が光学センサーを設計し,その誤差程度を把握,誤差を含んだ新しい原理式を導出する。それを元に,お客さまへ引き渡した後のメンテナンスをユーザー自身で可能なキャリブレーションソフトを作成することでした。  位置把握の問題では,複数の光学センサーで得られた形状データを一体化するために,それらを1つの統一的な座標系で表現しますが,その際に光学センサー間の正確な位置関係を知らなければなりません。そのためのアライメントソフトを制作しましたが,うまく収束しませんでした。これは,機械設計者がいなかったことが問題でした。
 測定機の開発では,光学設計者が光学条件に対する誤差を見極め,次に機械設計者が位置の要求に対する誤差を見極めます。その後アルゴリズム設計者が,計算式の導出を行い,ソフトウエア設計者がアプリケーションを作り,NC切削機工作者によって作成されます。この時に機械設計者とアルゴリズム設計者の間で,機械でどこまで調整できて,それをどうソフトウエアでカバーするかのせめぎ合いを行うことで良い測定機ができるのです。当時は機械設計者がいなかったため,問題の解決まで時間がかかり中止となってしまいました。また,光学設計者は外部委託しましたが,あくまで下請け的な対応しかしてもらえませんでした。彼らも,発注側が分かっていなかったため,怖くて提案はできなかったのでしょう。彼らにとって重要なことは,制作した装置を確実に買い上げてもらうことですから,安全で,標準的でオーバースペックなものを設計します。ここで発注側に知識があれば,余分なものを削って軽量小型でデザインをも考えた設計に変更できます。
 オプトンでシリーズ化に携わった時もいくつも問題がありました。
 例えば,測定機だけではユーザーが使えないので,表示ソフトやお客さまの要望に添った検査ソフトや各種データ処理,自動測定ソフトなどを制作しましたが,その開発の負荷は結構なものがありました。
 また,形状データからCADデータあるいはSTLデータに変換するためのソフトはいろいろ発表されていますが,形状データにノイズや抜けがあると変換できないなど,測定機メーカーにとっては満足できるものではありませんでした。ただこれはお互いさまかもしれません。
 それと,非接触測定に関する規格(JIS,ISO)がなかったことです。規格を作ろうにも当初は門前払いの傾向が強く,そのため吉澤先生に産業総合研究所の計量部門を紹介いただき,吉澤先生,オプトン,本田技術研究所が発起して,コンソーシアムを立ち上げました。
 そのコンソーシアムでの議論やベンチマークテストをベースにして,ようやくJISとISO規格の発行にまでこぎつけました。規格はできたものの検査部門への浸透ははかばかしいものではありません。
 その理由として,接触式測定機が安価で検査法が確立していることや,企業にとっては検査とは必要悪であまりお金をかけたくないこと,全体形状が分からなくても必要最小限度のデータで製品の良否を判定できる方法が確立していることが挙げられます。 <次ページへ続く>
林 洋一(はやし・よういち)

林 洋一(はやし・よういち)

1950年 北海道札幌市出身
1972年 北海道大学応用物理学科卒業
1972年 日本アビオニクス株式会社入社
1980年 株式会社三菱総合研究所入社
1990年 株式会社オプトン入社
2010年 株式会社オプトン退社
●研究分野
非接触三次元形状測定

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