【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

あとから見ると無駄な計算でも その答えから「ああそうか」と思うことがある宇都宮大学 オプティクス教育研究センター 特任教授 一般社団法人 日本光学会 会長 黒田 和男

参加者は集まるが,投稿論文があまり来ない

聞き手:今後のレーザーディスプレイの展望についてお聞かせください。

黒田:レーザーディスプレイ研究グループの世話を10年ほどやってきました。もう少し大きなビジネスになるかと思っていましたが,立ち上がりは割と鈍かったです。いろんなレーザーディスプレイが開発されては,そこそこ売れるのだけれども継続していかないという状況で,なかなかヒット商品が出ませんでした。しかし最近になって,会議に使うプロジェクターに,レーザーが積まれるようになっています。また,映画館用の大型のプロジェクターでもレーザーが増えています。
 あとはパイオニアがヘッドアップディスプレイ(HUD)でレーザーを使った製品を出していますが,LEDの製品と競合していて,なかなか大変なようです。私はいずれレーザーが主流になると思っています。
 1つ追い風になるかもしれないのが,新しい8Kスーパーハイビジョンテレビの規格です。昨年のリオデジャネイロオリンピックでも試験放送が行われましたが,その色の定義がレーザーディスプレイなのです。レーザーを使うと一番色が鮮やかになります。レーザー以上に鮮やかなのはないのです。だからこれも追い風になるかなと思っています。
 レーザーディスプレイがすぐに家庭に入るかどうかは別の話ですが,少なくとも放送局では使うことになっていくでしょう。そういう感じでじわりじわりと成長しています。
 国際会議も開催しています。レーザーディスプレイという絞られたテーマなのですが,参加者は割と集まります。ただ,投稿論文があまり来ません。みんな聞きには来るのだけれども,自分でしゃべらない。開発の最前線にいると人の話は聞きたいけれども自分の話はしないというのが心理ですから,しょうがないのかもしれませんが。

計算力があるからすごく無駄な計算をしてしまう

聞き手:研究・開発プロセスにおいて,自信を喪失されたり試行錯誤して苦悩された苦いご経験がありましたら,ぜひそのエピソードをお聞かせください。

黒田:やはり一番苦労したのは銅蒸気レーザーでしょうか。助手になった時に自分で始めたのですが,動作条件がすごく過酷なのです。もともと固体の銅を温めてガスにして,それを数キロボルトの放電で励起するので,高温でさらに高電圧が必要でした。
 しかも,放電もパルス状の非常に立ち上がりの早い放電をしなければならないので,電気回路にも苦労しました。
 ただ苦労はしたのですが,銅蒸気レーザーはゲインがすごく高いので,ある程度いくとレーザー発振してくれるのです。これがゲインの低い連続発振レーザーだと,まだ閾値を超えてないのか,それとも超えているのだけれども光学系のアライメントが悪くて出ないのかというのが分からず苦労するのです。
 私自身もともと理論からはいっていますので,研究の苦労というのは,理論計算のほうが多かったですね。いろいろな計算をしました。割と計算には強いから,延々と計算していって結果を出します。全然だめな時もありましたが,大抵は最終結果にたどり着きました。
 そうしてその結果を見ると,これは別のルートならこんな苦労なくても正解にたどり着たな,と思うことが何度もありました。
 例え話をします。確か大学の時の数学クイズか何かなのですが,お母さんが家にいてお父さんが駅に着いた。お互いそれぞれ相手に向かって歩いていきます。ところで,このうちには犬がいて始めはお母さんと一緒に家を出ますが,二人よりも速く走るのでお母さんより先にお父さんに会います。すると向きを変えてお母さんに向かって走って行き,お母さんに会うとまた向きを変え…と行ったり来たりを繰り返します。最終的にこの犬が走った距離はいくらか?という問題なのです。私がどう解いたかというと,最初に家を出てからお父さんに出会うまでの距離を計算し,次に向きを変えてお母さんに出会うまでの距離を,さらに向きを変えお父さんに出会うまでの距離というようにお父さん,お母さんと順番に距離を計算していきました。すると等比級数になるので全部足して答えを出しました。それで正解したのです。
 でも模範解答を見たら,そんなばかなことをしなくてもいいのです。お父さんとお母さんが会うまでの時間を計算すれば,その間犬は一生懸命自分の速度で走っています。だから二人が出会うまでの時間に犬の速度をかけてやれば犬の走った距離が出てくるわけです。
 そういう感じで,計算力があるからできてしまう,すごく無駄な計算をしています。ただ,あとから見ると無駄な計算なのですが,その答えから「ああそうか」と思うことは,何度もありました。
 もう6,7年前なのですが,偏光ホログラフィーの解析をしていて,ホログラムに偏光が当たった時のレスポンスを計算したことがあります。偏光ホログラフィーの理論は既にあったのですが,既存の理論が分かりにくかったので,もう一度計算し直そうと思って計算したのです。先ほどの例え話と同じように,ある材料の特性を仮定してモデルを立てて延々と計算しました。ところが,出てきた答えを見たら実は複雑な計算をしなくても,いきなり答えが出せる方法に気が付きました。ものすごく面倒くさい計算をいっぱいして最後に答えにたどり着くと,ああ,これは簡単に出るなと気付くことがあります。勘のいい人は多分すぐに気が付くのかもしれませんが。

 

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黒田 和男

黒田 和男(くろだ・かずお)

1947年 東京都生まれ 1971年 東京大学 工学部 物理工学科卒 1976年 東京大学大学院 工学系研究科博士課程修了 1976年 東京大学生産技術研究所 助手 1983年 東京大学生産技術研究所 助教授 1992年 コロラド大学客員研究員 1993年 東京大学生産技術研究所 教授 2012年 定年退職し,東京大学名誉教授 2012年 宇都宮大学オプティクス教育研究センター特任教授
● 研究分野
気体レーザー,フォトリフラクティブ材料とその応用,フェムト秒レーザーの波長変換とその応用,ホログラフィック光メモリー,レーザーディスプレイにおけるスペックル対策など
●主な活動・受賞歴等
SPIE, OSA, JSAPフェロー, 日本光学会会長

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