自分で流れを作り出すことに取り組む勇気を持ってほしい東京大学 荒川 泰彦
天皇皇后両陛下に一礼する荒川先生
量子ドットレーザーは,まだ進化している
聞き手:前回,2015年1月号の弊誌「私の発言」にご登壇いただいたときにも,これからの展望をお話しいただきました。その後の進展につきましてお聞かせください。荒川:ここでは,まず,シリコンフォトニクスにおける量子ドットレーザーの重要性についてご説明します。
閾値電流の温度無依存性,優れた高温耐性,フィードバック光に起因する反射雑音への耐性が高い,などがシリコンフォトニクスにとって有用な特性になっています。量子ドットレーザーをシリコンフォトニクス集積回路に搭載することに世界で初めて成功したのは,私が中心研究者として2009年から4年間余り推進した内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)のプロジェクトにおいてでした。この成果により,シリコンフォトニクスの光源として,量子ドットレーザーがベストであることを,世界中が認識するようになりました。
現在,FIRSTプログラムのプロジェクトの後継としてNEDOの10年プロジェクトが進行中で,6年目に差しかかっています。研究開発の推進母体は,技術研究組合光電子融合技術基盤研究所(PETRA)です。今年の春には,ベンチャー企業であるアイオーコア社が立ち上がりました。この企業を起点にしてシリコンフォトニクスのビジネスがわが国でも本格的に始まると考えています。
新会社の製品の中核となるのは,5ミリ角の光I/Oコアと呼ばれるシリコンフォトニクスチップですが,ここに量子ドットレーザーが搭載されています。光配線という超短距離通信において,量子ドットレーザーが主役になる時代がいよいよ到来することになります。シリコンフォトニクスの魅力は市場のボリュームにあります。この5ミリ角の光I/Oコアでは,いわゆるフリップチップボンディング法により,量子ドットレーザーアレイチップがシリコン光集積回路に組み込まれています。
このNEDOのプロジェクトにおいては,ウエハボンディング法や,シリコン上への直接成長法に関する研究開発も強力に推進しています。最近,ウェハボンディングの手法を用いて,エバネッセント波結合型シリコンハイブリッド量子ドットレーザーを実現しました。また,シリコン上への量子ドットの直接成長技術を用いても,シリコン(100)ジャスト基板に量子ドットレーザーをMBE成長のみで実現することに世界に先駆けて成功しました。おおまかにいえば,ウエハボンディングによるシリコン上ハイブリッド集積量子ドットレーザーは5年後,さらに,その5年先ぐらいに,諸課題を解決して直接成長による量子ドットレーザーが世の中に現れることが期待されます。
一方,昨年度からNEDO高輝度・高効率次世代レーザー技術開発プロジェクトが始まりました。このプロジェクトにおいて,我々は高輝度・高効率量子ドットレーザーの基盤技術研究をQDレーザと三菱電機との共同研究として担当しています。今までは,ファイバーレーザーやCO2レーザーがレーザー加工用として使われてきましたが,半導体レーザーそのものを高出力化して,レーザー加工に使用しようという研究開発が現在進んでいます。
しかし,通常の半導体レーザーでは,どんなに頑張っても効率が60%ぐらいなのです。というのは,高輝度光を発生するために駆動電流を増していくと,熱が発生して活性層付近の温度が上がり,その結果,閾値電流も高くなり,当然のことですが,同じ駆動電流では出力が落ちます。そこで出力を上げるためにまた駆動電流をさらに増やすわけですが,すると熱の発生がさらに増して…ということを繰り返して結局,光出力が飽和し,さらには減少し始めます。
ところが,量子ドットレーザーを用いると,閾値電流の温度安定性が優れているので,温度が上昇しても,閾値電流は動きません。したがって,熱が発生したとしても光出力は線形性を保つことができます。その結果,原理的には効率80%付近を実現できることが原理的には期待できます。今まで40%のロスだったものが20%になるというのは,ロスが半分になるわけですから,大きなインパクトがあります。量子ドットは,半導体レーザーの活性層として究極的な媒質といえます。
シリコンフォトニクスへの展開以外の研究としては,量子ドットをフォトニック結晶やナノワイヤなどのフォトニックナノ構造と組み合わせる技術開発も進めてきました。例えば,ナノワイヤ量子ドットレーザーについては,プラズモニック効果を活用することにより,世界最小体積の量子ドットレーザーの実現に成功しました。また,量子ドットをフォトニック結晶ナノ共振器に埋め込んで,この10年間,固体共振器量子電気力学の研究を進めてきており,単一量子ドットレーザーの実現を含めて,いろいろおもしろい成果を出してきました。
さらに,レーザーではありませんが,ナノワイヤに埋め込んだ単一窒化ガリウム量子ドットを形成し,励起子分子の束縛エネルギーを制御することにより,350Kの高温において単一光子発生を実現することにも成功しています。ナノワイヤの形成は,選択成長を用いているため,量子ドットの位置制御も可能になっています。この成果は,室温動作可能な量子情報集積回路の実現に向けて意義深いと考えています。なお,最近では,量子ドット光検出器についても,リモートセンシングやIoT応用に向けての開発を進めています。
申し上げるまでもなく,これらの成果は,准教授の岩本敏氏,マーク・ホームズ氏をはじめとする研究室メンバー,PETRA,QDレーザ,富士通,NEC,シャープなどの企業の研究者の方の努力によるものです。
授賞式に先立ち,受賞者本人による両陛下への展示説明も行われた
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荒川 泰彦(あらかわ・やすひこ)
1975年 東京大学工学部電子工学科卒業 1980年 東京大学工学系研究科電気工学専門課程修了 工学博士 1980年 東京大学生産技術研究所講師 1981年 東京大学生産技術研究所助教授 1984年から1986年 カリフォルニア工科大学客員研究員 1993年 東京大学生産技術研究所教授 1999年 東京大学先端科学技術研究センター教授(2008年まで) 2006年 東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構長 2008年 21・22期日本学術会議会員 2012年 東京大学生産技術研究所・光電子融合研究センター長●主な受賞
1991年 電子情報通信学会業績賞 1993年 服部報公賞 2002年 Quantum Devices賞 2004年 江崎玲於奈賞 2004年 IEEE/LEOS William Streifer賞 2007年 藤原賞 2007年 産学官連携功労者 内閣総理大臣賞 2009年 IEEE David Sarnoff賞 2009年 紫綬褒章 2010年 C&C賞 2011年 Heinrich Welker賞 2011年 Nick Holonyak,Jr.賞 2012年 応用物理学会化合物半導体エレクトロニクス業績賞(赤崎勇賞) 2014年 応用物理学会業績賞 2017年 日本学士院賞