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昔の価値観にとらわれるな。古い常識の真逆のことに正解が潜んでいることがある。慶應義塾大学 斎藤 英雄

学生のアイデアを取り入れ,その感性を自分の中に取り込む

聞き手:研究・開発をされていくなかで苦労されたエピソードなどがありましたらお話しいただけますでしょうか。また,困難をどのようにして乗り越えられたのでしょうか。

斎藤:もちろん,研究というのは,大抵はうまく行かない場合が多いと思います。ただし,私のやっているようなコンピュータビジョンの分野は,特に難解なことがたくさんあるわけではなく,むしろテーマを探すのが大変だったりします。
 最近の話で言うと,機械学習,いわゆるAIの技術が急激に進化してきました。私はAIを専門にしていたわけではありませんでしたし,最初は自分には関係のないテーマだと思っていました。しかし,AIの新しい研究がどんどん出てくるようになり,これをどうやって自分の研究テーマであるコンピュータビジョンの中に取り組めばいいのだろうかと悩むようになりました。
 どうやったらいいのかというのは,そう簡単には思いつきません。そこで,AIの得意な人,よくわかっている人と仲間になり,教えてもらい,コラボレーションをすればいいと考えました。1人では研究はできませんし,1人で思いついて,アイデアを出して,1人で達成するということも,自分の専門外の新しい分野の場合は困難です。研究テーマの向きが新しく変わっていっているときは,そのタイミング,タイミングで,自分の専門外の研究や技術に詳しい人とコラボレーションをしながら,テーマを少しずつ広げていくことが有効です。
 研究でうまく行かないからといって,落ち込んでいてもしようがありません。他の方法もあるのではないか,違った方向でやれば開けるのではないか。私自身は,ある意味気楽に考え,いろいろな試行錯誤をして進んできました。それは昔から変わりません。
 優秀な学生の中には,すごいアイデアを思いついて,それで優れた成果を出すシナリオを思い描いて,研究室に入ってくる人もいます。私の周りの研究者でも優れた才能で新しい方法論や研究方法を思いつき,成果も出して高い評価を得ている人たちもいっぱいます。しかし,私の場合はそういうことは1つもなくて,いろいろやっているうちに,うまくまとまったり,成果として発表できたりするのが積み重なって今に至っています。
 ですから,私は,学生からもアイデアをどんどん出してもらって,教えてもらい,そのアイデアや方法を素直に取り入れるようにしています。そうすると,本当にいい成果が出ますし,私自身も若い優秀な学生の感性を自分の中に取り入れることができます。そんな気持ちで今は研究に取り組んでいます。

あきらめないこと,高望みをしないことが大切

聞き手:工学を学ぶ学生や若手技術者に向けて,伝えたいことはありますか。

斎藤:工学部では,大学4年になると研究室に入りますが,大学でやった研究を一生続ける人などほとんどいません。しかも,修士課程の2年を入れても長い人生の中のたった3年間ですから,その期間でやる研究といっても大したことができません。もともと研究室で何をやるのかがわからない人たちが入ってきたりもします。ですから,研究室でやる研究内容より,試行錯誤して失敗を何回も繰り返してできあがったという経験のほうが大事だと思っています。テーマは何でもいいので,そのテーマに向かってチャレンジを繰り返して,最終的には達成するのが重要です。もちろん,達成できない場合もあるかもしれませんが,それでも達成できたような形を無理やりつくる。そうやって,一生懸命何かに取り組み,たくさんの失敗を積み重ねて,完成させること自体が,若い人たちの将来に通じる非常に重要なイベントだと思うのです。それによって,いろいろな面で成長することができます。
 そのためには,あきらめないこと,それから高望みをしないことです。高望みというのは,上昇志向が強く,常に自分自身にプレッシャーをかけ,上に行こう,上に行こうとすることで,それがうまくいく人もいます。しかし,うまくいかない人もけっこういます。人によっては,高望みで非常に高度なことをやりたい思いが強いと,実際にはなかなかできなくて,すぐ方向転換することがあります。その都度方向を変えていき,結局何もできなくなるのです。ですから,あまり無謀な高望みをせず,あきらめずに,どんな結果が出るかわからなくても,いい結果になるだろうと信じてやっていくことが大切です。失敗すればそのときはがっかりするかもしれませんが,それでも粘ってやっていれば,使ったエネルギーに比例した成果が出ます。
 特に,コンピュータビジョンの研究に関して言えば,この分野は,今,かなりドラスティックに変わっている最中です。ですから,あまり古い価値観にとらわれずに,実績のある研究者がいろいろ言ってくるような話にもそれほど従う必要はなく,思いついた自分の新しいアイデアにどんどん取り組んでもらえばいい。むしろ,昔の古い常識の真逆のことに正解が潜んでいることがあるのです。今は私たちの世代からすると常識外れみたいな考え方が,普通に新しい方法として成立します。過去に学んできたことが足かせになっていないので,新しいアイデアや概念がどんどん生まれます。今の若手の技術者や研究者は,そういった気持ちで取り組んでもらえればいいと思います。
斎藤 英雄

斎藤 英雄(さいとう・ひでお)

1992年 慶應義塾大学理工学部助手 1995年 同専任講師 を経て 2006年 慶應義塾大学理工学部教授(~現在) 1997~1999年 カーネギーメロン大学ロボット工学研究所の客員研究員兼務 2006~2011年 JST CREST研究代表者
●研究分野
コンピュータ・ビジョン,画像センシング・画像認識,仮想現実感・拡張現実感,人の挙動センシング・認識とその応用
●主な活動・受賞歴等
一般社団法人電子情報通信学会(IEICE)フェロー,日本バーチャルリアリティ学会フェロー,映像情報メディア学会会員,日本計測自動制御学会会員,日本情報処理学会シニアメンバー,IEEEシニアメンバー

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