技術はもっているだけでは価値はなく,競争力にしっかり結びつけないといけないミノル国際特許事務所 安彦 元
仕事をしながら弁理士の資格を取得
聞き手:理工学分野に興味をもたれたきっかけと,その経歴からミノル国際特許事務所に従事されるに至った理由についてお聞かせいただけますか。安彦:理系に進んだのは,もともと科学が好きだったからです。小学生のときには家にあった顕微鏡で,植物や身の回りの物などいろいろなものを観察するのが好きでした。ほかにも,電子回路を作ったり,パソコンによりプログラミングをするのが好きで,大学には自然に理系に進みました。
大学の学部,大学院では材料物性を専攻していました。ただし,学生の頃は本当に自分がやりたいことが何なのかよくわからない中でメーカーに就職したのですが,会社に入ってからはずっとモヤモヤとしたものを抱えていました。その頃から,ゼロから新しいものを創り出すよりも,むしろイノベーターが生み出した英知をどのようにして育て上げ,経営に結び付けていくかを考えるほうが自分に合っていると感じつつあったのです。
そうした中,たまたま書店で,弁理士の資格の本を見つけました。その時,初めて特許関係で弁理士という資格があるということを知りました。調べてみるとまさしく自分の本性にあった仕事でとても面白そうで,頭から離れなくなって,いつのまにか資格を取って弁理士になろうと決心していました。しかし,資格を取るには当時は多肢選択型の試験に加え,論文試験としては特許法や商標法等の法律系5科目に加え,選択科目3科目の合計8科目試験を受けないといけません。そのとき私は会社の寮にいて,会社までは5分の距離でしたので,会社にいるとき以外は,寮でずっと受験勉強をしました。そのときが人生のなかでも一番勉強したと思います。ただし,最初は多肢選択試験にも受からず,試験勉強だけではなく特許業界に入って実務も勉強しながら資格を取ろうと転職しました。そして,その翌年弁理士の資格を取ることができました。試験8科目を1週間くらいかけて受けるので,その間は事務所を休ませてもらいました。大変でしたが,あとから振り返ると,実はとても充実していた時期だったと思います。
最初に入った特許事務所はわりと大きな事務所でした。その後に移籍したミノル国際特許事務所は,入所当時は10人もいない小さな事務所でした。しかし,そのぶん一人ひとりの守備範囲が広く,多分野にわたっていろいろなことをやらせてくれるのが,私にとっては魅力でした。以前の事務所ではやらせてもらえなかった海外特許や機械系の特許,さらには意匠の仕事にも携わって自分の力を磨いてみたいと思い入りました。
そして,入所して5年くらい経った頃,当時の所長が高齢だったこともあり,引退されることになりました。当時,数名の弁理士がいましたが,「お前がやったほうがおもしろいのではないか」と所長から言われて,2012年から私が所長として事務所を引き継ぐことになり,現在に至っています。
AIのビジネス活用に日本の強みを活かす
聞き手:特許事務所や弁理士の役割,現在注目されているAI関連の日本の特許の現状について教えてください。安彦:特許を出願する際には,特許の明細書といって出願書類を作り,特許庁に提出して,特許申請を行います。お客様が完成させた発明を特許化するのが特許事務所の役割で,それを実際に担っているのが国家資格を有する弁理士になります。特に,特許明細書のクオリティというのは,特許のその後の運命を決める非常に重要なものになります。技術を理解しているのはもちろんのこと,発明の本質を突いたしっかりとした権利を作っていくことが求められます。特許を出願したからといって,すぐに特許になるわけではありません。特許庁では提出された出願書類に対して,新規性があるかなど審査を行います。新規性がなく,似たような従来技術がある場合には拒絶理由が通知されることもあります。そうなった場合,意見書で反論したり,権利の内容を従来技術と差別化できるように補正し,さらには審判請求をすることも行います。まさに,高い専門性が求められ,特許の一生を決める重要な役割を担っているのです。
AI特許の現状としては,日本は技術的には世界から見て周回遅れと言われています。しかし,『人工知能 特許分析2019』(日経BP)を執筆してわかったのは,確かに最初の頃は,特許に関しても外国によるAI特許が多かったのですが,最近は日本の企業も頑張っており,出願は増えてきているのです。AIもそうですが,出願件数ということでは中国が群を抜いており,次がアメリカです。
AI特許には,大学や研究所などで研究されている基礎技術と,大学などで出てきたAIを使ってビジネスに展開させていく応用特許としてのAI関連技術があります。実際にコア技術に関しては,大学やグーグルなどのプラットフォームを使ってもいいので,今はそこで何を実現するのかというAI関連技術が伸びています。特に出願件数が多いAI関連技術の分野としては,自動運転や医療,それから工場などでAIを取り入れることで効率的な製造を行う,製造業AIの分野です。
プラットフォームに関しては先を越されてしまっていますが,プラットフォームに載った個々の分野でのAIのビジネスの活用では,日本の強みを活かしていけばまだまだ追いつけると思います。もちろん,特許件数としては,中国は人口が多く発明も多いですから,数で追いつくのは難しいでしょう。しかし,日本でも出願が増えているのは,それだけ技術の研究が進み,ビジネスに活かしていこうという機運が出てきている表れでもあります。ですから,日本は特許の質,さらにはそれを活かした知財戦略の質で勝負していけばいいのではないでしょうか。
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安彦 元(あびこ・げん)
1997年 東京工業大学大学院総合理工学研究科(材料科学)卒業2001年 弁理士登録
2008年 博士(技術経営)・東京工業大学
2012年 ミノル国際特許事務所所長
2018年 イノベーションIP・コンサルティング(株)設立
●専門分野
知的財産法,イノベーションマネジメント
●主な活動・受賞歴等
平成22年度第3回TEPIA会長賞
●著書
『知的財産イノベーション研究の展望』,白桃書房(2014)
『人工知能 特許分析 2019』,日経BP(2019)
『競争力が持続する戦略』,日経BP(2020)