質問したりアクティブに学べば,その後の信用が得られる宇都宮大学 ネイザン・ヘーガン
光学系の会社に入社後,知識を得るため大学院に進学
聞き手:理工学分野に興味をもたれたきっかけと,日本に来られる前にどんなことをしていらっしゃったか教えていただけますでしょうか。ヘーガン:父がすごくたくさん本を読む人で,子どものときからいろいろな話を聞いて,理工系に興味をもつようになりました。大学では,物理と天文学を勉強しましたが,光学に魅かれ,大学卒業後に光学系の会社に入社しました。会社では開発グループの中で仕事をさせてもらいましたが,周りは博士号をもつ人ばかりで,自分の知識が足りないことがわかり,大学院に入り直して勉強するしかないと思うようになりました。
大学院に入ってみて,一度会社に入っていろいろな経験をしてから大学院に戻った人と,大学からそのまま大学院に進んだ人とでは,けっこう差があると感じました。そのまま大学から院まで進んだ学生は勉強に疲れていて熱心さが足りないところがありますが,社会人を経験した人たちは,私を含めみんな一生懸命でした。アメリカでは一度会社に入ると,勉強のチャンスはありません。ですから,私も大学院のときはもう一度勉強ができるのですごくがんばって,毎日勉強ばかりしていました。振り返ると,一番楽しい時期でした。
アリゾナ大学大学院の博士課程を修了しましたが,大学のポストが取れなかったので,デューク大学やライス大学でポスドクとして研究員になりました。アメリカでは大学のポストを取ろうと思ったら教授に推薦状を書いてもらう必要があるのですが,ライス大学のアドバイザーが書いてくれた推薦状は,彼は褒めていると言っていましたが,これでは絶対仕事を取るのは無理だと感じるものでした。そこで,Rebellion Photonics社というベンチャー企業に移りました。そこでは,ラボで開発していた顕微鏡のためのスナップショット分光イメージングのカメラを売り出そうとしていました。社員が3人だけで,ハードウェアからアルゴリズム,理論計算まで全部私1人で設計しました。それが何台か売れ,お金が入ってくるようになり,顕微鏡だけでなく,赤外線のスナップショット分光イメージングカメラも設計してつくることになりました。これは,石油やガス会社で目に見えないガスを可視化し,ガス漏れの検出に使用するもので,今も私の研究テーマの1つになっています。
私は父に似て昔からいろいろなものに興味をもつところがあります。研究者として専門性を深く追求するには,自分の知識が分散してしまい,良くないのではないかと心配していましたが,ベンチャー企業で働いたことは,その後の私にとってすごく役に立ちました。
アメリカの大学では予算獲得に時間が取られ,やりたい研究ができない
聞き手:ヘーガン先生はその後,どういう経緯で日本に来ることになったのでしょうか。ヘーガン:Rebellionにいたときに,大学院時代に知り合った日本人の教授が2人いました。その1人がアメリカに来たときに会ったのですが,助教のポストが空いているという話を聞きました。それが宇都宮大学でした。ちょうど会社も軌道に乗ってきていて,社員が50人くらいになっており,私がいなくても続けていけるだろうと思い,日本に行くことに興味があると,私から話をしました。
日本の大学に行くことにためらいがなかった理由の1つには,妻が日本人だということもありました。大学院に入る前に結婚したのですが,彼女はあまりアメリカの生活には慣れていなくて,かわいそうだなとずっと思っていました。一緒に日本で暮らすことになれば,彼女ももっとリラックスできるようになるのではないかと思ったのです。
毎日,家では日本語を話すようにしていたので,日本語には慣れていました。もちろん,結婚当初は,日本語はうまくありませんでしたが,妻がアメリカに住んで日本語が聞けなくならないように,毎日がんばって日本語で話すようにしました。最初は簡単な説明もできなくて,自分の日本語力にイライラしましたが,少しずつ話せるようになっていきました。宇都宮に来てから5年経ちましたが,今も毎日日本語や漢字の読み書きの勉強は続けています。
一般的に,アメリカの大学は優れていると思われていますが,私自身,アリゾナ大学やデューク大学,ライス大学などのいろいろな大学を見てみると,そこで働いている教授はみんな,ほとんど研究ができない状態になっています。それは,自身の研究をするために,大学から予算を取ってくるようにプレッシャーをかけられているからで,学生を雇うのも研究予算が必要ですし,そのことに多くの時間を取られていて,教授がラボで研究をしたり,実験をしたりしている姿を見たことはありません。
私はそういう状況になりたくなかったので,日本の大学のシステムについて調べました。日本の大学は,研究予算が少ないのでやりにくいところはありますが,アメリカの大学ほどプレッシャーが少なく,お金になりにくい理論系の研究も自由にできることがわかったので,日本の大学に移ることに決めました。私は宇都宮大学に来て,やっとやりたかった理論系の研究がいろいろできるようになりました。
日本人は,アメリカの大学は理想的だと思われているようです。学生にとってはアメリカのシステムは良いのですが,研究者にとっては,実はそれほど良くもないのです。ですから,アメリカの大学をただ理想化するのではなく,良いところと悪いところの両面を見てほしいと思います。
アリゾナ大学の研究室にて。角村浩さんに実験の説明をしているところです。
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ネイザン・ヘーガン(ねいざん・へーがん)
2007年 アリゾナ大学大学院博士課程修了 2007~ 2009年 デューク大学 研究員 2009~2011年 ライス大学 研究員 2011~2016年 Rebellion Photonics社 主任研究員 2016年~ 宇都宮大学オプティクス教育研究センター准教授●研究分野
分光イメージング,光工学,収差理論,計算機センシング,偏光
●主な活動・受賞歴等
2004年 Arthur G. DeBell記念奨学金
2004年 Christopher Karl Schultz記念奨学金
2005年 アリゾナ大学イメージングフェローシップ賞
2006年 SPIE光科学・光工学教育奨学金
2012年 Prismの光系開発賞ファイナリスト(Rebellion Photonics社のチームメンバー)
2012年 R&D100開発賞(Rebellion Photonics社のチームメンバー)
2012年 Microscopy Todayイノベーション賞(Rebellion Photonics社のチームメンバー)
2019年 Academic Melting Potフェローシップ賞,King Mongkut工科大学,Ladkrabang(タイ王国)