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色覚の研究,私の場合。立命館大学,チュラロンコーン大学 池田 光男

色の見えの研究へ

 東工大にはほぼ20年間いました。そこでの実験はほとんどが複雑な光学系によるもので,細かい骨の折れる実験の連続でした。その後京都大学の建築学教室に招かれ京都に移りました。その頃京大の建築学教室では,建築物に人間の知覚や感覚を考慮した照明を取り入れようとした動きがあり,その結果として私に声が掛かったのです。
 京大では建築学科の学生に色覚を教えることになりましたが,これまでのような光学系を組んで実験をするような方法では建築学科にはそぐいません。学生が興味を持たないのです。そこで,東工大の時とは方向を変えて,“color appearance”つまり「色の見え」といった点を中心に研究を行うことにしました。私にとっては大転換です。ある人はこれを,「輝度人間から照度人間へ」と表現しました(笑)。
 これまでの研究は,眼をセンサーとして考え,この光を入れたらどのような反応が生じるかを調べて眼の中の構造を推測するもので,このとき光の強さを示すのが輝度です。
 一方,建築の世界では,建物や室内で物はどのような色に見えるかということになりますが,このときの重要な条件は部屋の明るさ,つまり照度です。
 これは,光学系を覗く実験から部屋の中にいて物を見る実験に変わったということを意味しています。
 色の見え方を研究していて面白いと思ったのは,人間の眼のもつ「色の恒常性」です。写真を撮られている人は,色の恒常性という言葉は知らなくても,この現象を1度は経験していると思います。例えば,白熱灯の下で白色のYシャツの写真を撮ったとすると白色のYシャツがオレンジ色がかかったものになります。実際にYシャツからの反射光の色を測定してみても,それは少しオレンジ色です。ところが,人間がその状況下でYシャツを見ても誰もそれがオレンジ色とは思いません。ちゃんと白色のYシャツとして見えます。つまり,われわれ人間は網膜という撮像センサーから得た情報だけによらずに,物体そのものの色を見分けることができるのです。これが色の恒常性です。
 色の恒常性を理論的に説明するならば,色というものは網膜レベルで感じるのではなく,脳の信号処理により作り出されるものであると結論づけられます。つまり,白熱灯の照明下に入ってきた人間は,ここはオレンジ色に照明されているということを瞬時に判断し,オレンジ色の部分を大脳のなかでさっ引いてしまうのです。これは非常に面白い色覚のメカニズムといえます。
 京大では,このような研究を学生達と一緒にずっとやってきました。
 この研究は京大から立命館大学に移った後も続けました。そして多くの成果を出したと思っています。私は両大学を定年で退職しましたが,京大では石田先生が,立命館大では篠田先生が,それぞれの視点で研究を続けておられます。

タイでの研究

 立命館大在籍中に,日本政府のプロジェクトの一環として,タイのチュラロンコーン大学で色彩について研究指導をすることになり,チュラ大の客員教授として,もう7年間も教育を続けています。
 そのプロジェクト自体は昨年で終了しましたが,フォローはまだ必要です。いい研究者を育てるにはいい教科書が必要ですから,教育のフォローとして,現在 “Color and Color Vision” というタイ語の教科書をチュラ大の先生と共著で執筆しています。
 また来年6月には所属している学科に懸案事項であった後期博士課程ができる運びとなり,さらなる学生の指導も必要ですから,まだしばらくはタイに行くことになるのではないかと思っています。


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池田 光男

池田 光男(いけだ みつお)氏 ご経歴

1933年生まれ, 1955年,大阪大学工学部精密工学科卒 業,1956 年,同大学大学院中退, ミノルタカメラ株式会社就職,1962 年,ロチェスター大学大学院光学専攻博士課程修了, Ph D,同年,ロチェスター大学心理学部研究員, 1963年, ミノルタカメラ株式会社復職, 1971年,東京工業大学工学部助教授, 1976年,同大学大学院総合理工 学研究科教授,1990年, 京都大学工学部教授, 1996年,立命館大学理 工学部教授,2005年, タイ王国チュラロンコーン大学客員教授。 日本光学会幹事長,日本照明委員会会長,国際照明委員会第一部会長,理事,国際色彩学会会 長を歴任。 1967年,応用物理学会光学論文賞,1983年, 照明学会賞, 1996 年, 国際照明委員会功労賞, 2003年, 国際色彩学会 Judd 賞を受賞 著書,視覚の心理物理学 (森北出版), 色彩工学の基礎 (朝倉書店), 眼は何を見ているか(平 凡社), どうして色は見えるのか (平凡社,共著), 老いの目を考える (平凡社,共著)

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