日本の核融合研究にその初期の頃から携わってきた者としては,ITER計画が実現し,その目標が次世代の人たちによって実証されんことを切に願っております。東京大学名誉教授 宮本 健郎
大学に移って
1979年,東大の理学部物理学教室からプラズマ物理の教授ポストの話があり,若干躊躇した後決心して,プラズマ研を後にしました。よく言われることですが,学部の先生は中小企業の社長のようなもので,予算の獲得,業績のPR,優秀な大学院生のリクルートや指導,就職の世話といったようなことをすべて自分でやらなければなりません。これまで私は,そのような経験はあまり積んでいませんでしたので,それなりに苦労や戸惑いもありましたが,研究仲間や多くの優れた大学院生に支えられて何とか切り抜けることができました。1983年には,逆転磁場ピンチREPUTE-1計画を,当時工学部原子力工学科の井上信幸教授と共同で提案し,実験を進めることができました(図3)。REPUTE-1計画は大成果を上げたとは必ずしも思っておりませんが,多くの大学院生がこの計画により論文をまとめ,現在それぞれの研究所や大学で活躍しているのを今になってみると,これで良かったのだと思っています。
図3 東京大学 REPUTE-1 逆転磁場ピンチ 装置
何年か前に,センチメンタルジャーニーではないのですが,東山にある名古屋大学のプラズマ研があった場所に行ってみましたら,建物は残っていましたが,装置などの施設は跡形もありませんでした。何十億円もお金をかけて造った装置は,でき上がって運転していたときは非常に貴重ですが,役割が終わってしまうと,後に残るのは装置ではなく,業績と人ですから,人を育てるということは非常に重要なことだと思います。
1992年に東大を定年退官し,その年から2000年までは成蹊大学工学部で教鞭を執っていました。私立大学では,学生の教育研究以上に重要になります。成蹊大では解析力学や量子エレクトロニクス,応用光学,プラズマ工学などの授業を担当しました。
量子エレクトロニクスの講義をしていた時のことですが,レンズのFナンバーの話がでたときに,Fナンバーを聞いたことがないという学生が大勢いたので,意外に思い,高校の教科書を調べてみると,Fナンバーどころか,結像方程式も載っていなかったのです。
また,学部の授業科目を見ると,光学はレーザーや電磁気学のなかに組み込まれていることが多いことも分かりました。そのことが動機となり,光学の有用な基礎知識を,学生にもっと知ってもらい,それが多くの分野に繋がっていることを伝えたいと思い「光学入門」という教科書を岩波書店から出版しました。
ITER計画
日本原子力研究所の那珂研究所では1985年頃からJT60大型トカマクの実験が始まりました。このJT60は世界3大トカマクの1つで(他は,プリンストンプラズマ物理研究所のTFTR,EC共同計画JET),現在非常に優れた研究成果を上げています。大型のトカマク研究に実績のある日本,EC,ロシア,アメリカの4カ国が共同して「国際熱核融合実験炉ITER(International Thermonuclear Experimental Reactor)」を設計するプロジェクトが1988年に立ち上がりました。
ITERの設計は,概念設計,工学設計フェーズ1,フェーズIIと段階を経て,2001年に完了しました。私は,1999年にITER物理専門家会議の委員になりました。この会議はITERの設計の基礎となるデータベースを評価整理し,種々の比例則などプラズマ物理の立場からITER設計チームを支援する作業会議で,ITER最終案を決める面白い時期に参加できました。
ITERの最終計画は,4カ国の政府機関で承認され,実験炉の建設予定地の候補にECフランスのキャダラッシュ,日本の六ヶ所村が上がりました。順調に行けば2002年には建設地が決まる予定でしたが,今だ建設地の決定は遅れに遅れており,非常に憂慮すべき状態に思われます。
40年前プラズマ物理核融合の分野に飛び込んだときには,臨界条件を満たすプラズマを実現することは遙か彼方の夢物語のようであり,たどり着ける見通しはまったくありませんでした。それがようやく現実的な核融合実験炉ITER計画の承認までこぎ着けたのです。日本の核融合研究に,その初期の頃から携わってきた者としては,隔世の感があります。ITER計画が実現し,その目標が次世代の人達によって実証されんことを切に願っております。(文責 Y.F.)
宮本 健郎(みやもと けんろう)氏 ご経歴
1955年東京大学理学部物理学科卒業。同年,日本光学工業株式会社入社。59~61年,Graduate School, College of Arts and Science, University of Rochester, PhD 63年, 東京大学工学博士。64年,名古屋大学プラズマ研究所助教授,教授。79年,東京大学理学部物理学教室教授。92年,東京大学名誉教授。92~2000年,成蹊大学工学部教授。92~2002年,日本原子力研究所客員研究員。99~2002年,ITER物理専門家会議委員。『核融合のためのプラズマ物理』:76年,(改訂版)87年, 岩波書店 『プラズマ物理・核融合』:2004年東京大学出版会。『Plasma Physics for Nuclear Fusion』: 80年,(Revised Edition) 88年, The MIT Press。『光学入門』:95年,岩波書店。『エネルギー工学入門』: 96年, 培風館,など。